組のちから
第3回 新井組

ROBOTのディレクターは、現在のキャリアに至るまでに、社内でどのようなプロデューサーと、
どのような仕事を「組」んできたのか――。

第4回の「組のちから」では、2002年にROBOTに新卒入社した新井風愉ディレクターと、
彼とともにたくさんの作品を作ってきた社内のプロデューサー陣を代表し、吉上由香プロデューサー、
川崎泰広プロデューサー、松本隆洋プロデューサーに話を聞きました。

新井風愉、社内プロデューサー(3名)に囲まれる!

新井組-Photo

写真左から:川崎泰広プロデューサー、吉上由香プロデューサー、
新井風愉ディレクター、松本隆洋プロデューサー

 独創的な発想と手法で注目を集め、評価を受けている映像ディレクター・新井風愉。そんな新井も、ともに仕事をしてきた社内のプロデューサー陣に囲まれるという状況には「こういう場はあんまりないですね」と微苦笑。
 それもそのはず、ふだんは各々、個別に仕事をしているため、こうして「組」として会議室で一同に会することがまず異例。また、ROBOTの広告制作の現場では、ディレクターを中心とした制作チームのことを「組」とは呼ばないのが通例。それというのも、広告の制作現場は映画の制作現場よりも期間が短く、また広告主の要望によって目的も作風も大きく変わり、最適なスタッフをゼロベースで編成する必要があるため。
 新井自身、「自分でも意外といろいろ仕事してきたんだなってあらためて思いました」と語るが、今回出席してもらった吉上由香プロデューサー、川崎泰広プロデューサー、松本隆洋プロデューサーは、それぞれ新井にとってターニングポイントとなった仕事で組んできた相手。その中で新井は、どのようにしてキャリアを築き、またどのようにして今の仕事を確立していったのか。
 ディレクター・新井風愉のスタイルとCMの制作現場の「組」まれ方に迫る座談会。まずはROBOTに入社したきっかけから話を聞いた。

表現への興味から美大・映像の世界へ

新井組-Photo

新井:入社のきっかけは、美大の映像学科というところにいて、CMやPVのような商業映像が好きだったっていうところからですね。自分も面白い映像を作ってみたいなって。もともとはマンガを描くことが好きで、将来は絵を描いたり、何かを表現する仕事に就きたいなってなんとなく思っていたんです。友達が美大に進んだこともあって美大に行こうって思ったんですが、絵は決してうまくなかったので(笑)、映像学科を選択して。
 ROBOTに関しては、何年か前の先輩が入ったっていう話を聞いて、そういう会社があるんだと思ってエントリーシートを出しました。当時は映画を作っているということくらいしか知らなくて、相当受け身な感じで……あんまりドラマティックじゃないですよね(笑)。

新井組-Photo

吉上:全然知らなかったです。初めてそういう話を聞きました。

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川崎:本人にあえて経歴を聞いたりはしないですもんね。それこそwebの記事でプロフィールを見て、逆になるほどって思うくらいで。

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新井:こういう話ってあらためてしないですよね(笑)。それで僕は企画演出部(現・コミュニケーション・クリエイティブ部)というところに入って、最初はCMの企画打ち合わせに勉強で参加して、企画を何十案も持っていって1つずつ検証していくということを数年間やってたんです。いい企画だったら採用だったんですが、検証で雑談も交えながら話していく中で他にもいろんなアイデアや方法論が出てきたり、僕も提案したりして。それが勉強にもなったし、ちょっと役には立てていたのかなという感じです。

ROBOTに新人の天才棋士現る!?

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松本:入社して来た頃の風愉くんの印象は、パッと見、アート系っていう感じがしなくて。どちらかと言うと天才将棋棋士みたいな(笑)。こんな感じの若い中学生くらいの天才棋士っているじゃないですか。それで学生の頃の作品なんかを見ると、すごいなって。

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新井:だいたい皆さんのイメージはそんな感じだろうなと思います。オタクの子が来たみたいに思われただろうなって(笑)。僕自身はオタクというほど何かに特化した知識があるわけでもないんですけど、たぶんコミュニケーションが取りづらい人という感じはあって、そこは未だに変わらないだろうなって。当時、僕としては吉上さんと松本さんだけに関わらず、周りはみんな大人の方たちだっていう印象だったので、大人の場に入り込んでしまったってビクビクしてましたね。

プロデューサー編